空中超音波触覚ディスプレイによる 空中ハプティクス

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空中 超音波触覚ディスプレイ (AUTD) は、多数の超音波振動子を配列した超音波振動子アレイにより、空中の任意の位置に超音波の焦点や細かい分布を作り出します。これによって、何も装着していない人体表面に触覚を提示することができます。

音のエネルギ密度の大きい超音波の焦点においては、正負に変動する音圧の平均値が上昇します。これは音響放射圧と呼ばれており、これが人体表面を押す力となります。焦点は、「フェーズドアレイ」の原理によって形成され、焦点位置は電子的に制御することができます。また、一つの焦点を作るだけでなく、計算機で逆問題を解くことによって複雑な空間分布を作り出すこともできます。

AUTD が生成する圧力の大きさは、現状で、1平方センチメートルあたり 50 mN 程度までです。また空間分解能は、使用している波長(40 kHz では 8.5 mm)程度までです。このような制約はありますが、その範囲で力の時空間分布を自在にデザインし、さまざまな触感を作り出すことができます。

このように非接触で触覚を刺激する技術の領域は「空中ハプティクス」と呼ばれ、最も基本的な部分については 2008 年から 2010 年代の前半までに東京大学によって提案・確立されました。その後各国の大学や民間企業が参入し、研究開発が活発に行われています。

空中ハプティクスの可能性を示した初期の研究

空中超音波触覚ディスプレイ

世界で初めて超音波で触感が再現できることを報告し、基本的な特性を整理した研究

SIGGRAPH 2008 E-tech 動画

Touchable Holography  さわれるホログラフィ (空中立体映像とのインタラクション)

空中映像と同期して空中触覚提示を行った世界で最初のデモ

SIGGRAPH 2009 E-tech 動画

Tactile Projector  触覚プロジェクタ (人体表面への映像と振動触覚の非干渉同時提示)

大面積での超音波フェーズドアレイと触覚プロジェクタの実証研究
(World Haptics Conference 2013 でデモ)

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Haptomime  空中触覚タッチパネル

空中映像と触覚の同期の効果を実証した研究。この研究を契機として、多くの人々が空中触覚提示に強い期待を抱くようになりました。

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3D 触覚ホログラム

定常的な3次元超音波分布の生成

3次元的な音響エネルギ分布を計算・再現し、触感を提示した初めての研究。周囲を取り囲む超音波源による定常的な定在波により、音や気流を感じることなく、3次元物体形状を体感できる空中触覚提示を世界で初めて実現しました。

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Seki Inoue, Yasutoshi Makino, and Hiroyuki Shinoda, “Active Touch Perception Produced by Airborne Ultrasonic Haptic Hologram,” Proc. 2015 IEEE World Haptics Conference (WHC), (Oral) pp.362-367, Northwestern University, Evanston, Il, USA, June 22–26, 2015. *IEEE WHC 2015 での Best Demo Award Winner

音響境界ホログラム

上記を発展させた音響境界ホログラム。並進運動・回転の6自由度全てについて、微小変動に対して正しく復元力が働く場を設計し、波長より有意に大きい自由形状物体の空中浮遊に世界で初めて成功した研究。

Haptoclone 視触覚クローン

お互いの高忠実3次元映像と、触覚を伴って触れ合うことができる世界初のシンメトリック・テレイグジスタンスシステム。

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最近の重要な成果

圧覚の再現

現実的に生成できる超音波放射圧はそれほど高くはありません。皮膚の上で時間的に変化しない圧力(静圧)を生成した場合、その刺激は触覚の閾値を超えることはなく、人間はそれを感じることができません。そのため従来の空中触覚提示では、時間的に変動する振動触覚刺激が用いられてきました。同じ圧力であっても振動する刺激は明瞭に感じることができます。しかしそれは「振動」として感じられ、普通にモノに触れたときの感覚とは大きく異なるものになってしまいます。
ところが近年の森崎らの研究で、ある条件を満たす動的な圧力分布を与えると、圧覚に近い感覚が生成されることが明らかになりました。これにより、空間分解能と提示圧力の上限は前提とした上で、一種の万能性をもつ触覚提示が可能であることが示されました。

冷覚の再現

Displaying cooling spot

温度は質感の知覚に重要な役割を果たしています。しかし非接触での温度提示、特に冷覚の提示はこれまで困難と考えられていました。しかし近年中島らは、水の常温ミストが漂う中で皮膚に超音波を集束させると、皮膚表面付近の気化熱によって皮膚温度が急速に低下することを確認しました。超音波照射の直後から 0.5 s の間に 3 Kの温度低下がみられ,これは一般的なペルチェ素子などによる冷却と比べても遜色ありません。また、冷却スポットを移動し、その移動を知覚可能であることも確認されています。

超音波の可視化

空中ハプティクスでは、空中超音波の分布を簡単に計測できないことが大きな問題でした。実用的にはマイクを自動ステージやロボットアームで動かして分布計測するしかありませんでした。このような中2021年に小丹枝らは、強力超音波の音場分布の詳細を計測する新しい方法を発見しました。サーモカメラを用いることで、3次元空間中の任意の2次元面における音圧分布を計測します。瞬時かつ高い空間分解能での計測が可能です。例えば超音波を透過するメッシュスクリーン表面の熱画像を用い、リアルタイムに二次元超音波場を可視化できます。スクリーンを動かして3次元分布を把握することも容易です。また、皮膚表面の音場分布を直接可視化することもできます。

その他の主要成果

Lateral Modulation 法:-超音波で強い触覚を作り出す方法-

超音響放射圧を用いた触覚刺激では、デバイスの出力パワーの最大値で最大放射力が決まってしまうため、決まった力の範囲で、なるべく強く感じる刺激方法を用いる必要があります。
人間の皮膚に一定変位を与えた場合、時間的に変化しないものよりも、振動的に変化するものの方が、閾値、すなわち刺激を感じる最小変位が小さくなることが古くから知られており、その閾値は 100-200 Hz 程度で最小値をとります。そのため超音波による触覚刺激を強く感じさせたい場合、100-200Hz で振幅が変化する波形(AM波形)が用いられてきました。
それに対して近年の研究で、超音波の出力を一定に保ったまま、焦点を皮膚に沿って細かく往復振動あるいは回転移動させた方が、刺激を強く感じる事が明らかになりました。力の最大値を同一値に揃えて比較した場合、10 dB程度、あるいはそれ以上に閾値が低下します。特に50 Hz 程度の周波数でその傾向は顕著であり、腕など皮膚の有毛部でもはっきりと触覚を感じることができます。

不要音の抑制

Noise

例えば上記 LM では、焦点位置を素早く動かす際に超音波位相の急速な変化が伴います。そのような位相変化は、しばしば超音波振幅の変動を引き起こし、触感の変化や不要音の発生につながります。以下の論文は、その超音波振幅変動を抑制する実用的方法を示しています。(位相変化による振幅変動および不要音の発生は、星 によって最初に指摘されました。

指先への分布再現

単に触れた、触れないだけでなく、3次元映像を現実のモノのように把持し、操作する感覚を再現することは、空中ハプティクスの重要問題の一つです。どのような触覚提示を行えば実物体がそこにある、という実体感が生まれるのでしょうか。
人間が現実の物体表面に触れたときは、指と対象物体の接触の深さや角度が時々刻々皮膚上で変化しており、その知覚が物体を安定把持するための重要な情報になっていると考えられます。
これまでに、高速で回転運動する焦点軌跡によって、接触深さに応じた接触面広がりをリアルタイム提示するシステムを実現しています。波長 8.5 mm の 40 kHz 超音波を用いた場合でも、全周囲をフェーズドアレイで取り囲んだ場合には、集束領域を直径 5 mm 程度まで絞ることができます。そのような収束点を走査することで、指腹での接触面積を、接触深さに応じて有意に変化させることができます。現時点のシステムにおいて、目で見ることなく物体をつまみ上げ、所定の場所に移動するタスクが実現できています。

触覚による動作誘導

触覚パーシュート

視覚においては、注視している物体が運動するとき、それを自然に視野中心にとらえながらトラッキングすることができます。これは Pursuit と呼ばれる視覚の能力の一つですが、触覚においても同様な能力(Haptic Pursuit)が発見されています。手のひらに点状の触覚刺激が与えられ、それが横方向に移動する状況を考えてみましょう。空中触覚提示であれば皮膚の表面に沿ったせん断力は発生せず、皮膚上の圧力分布が移動するだけですが、手はその横方向移動を容易に追従することができます。人間に備わったこの能力を用いると、刺激点を目的地に移動していくことで、手を任意の地点に誘導することができます。

バーチャルハンドレイル

人間の側が能動的に手を動かしながら正しい方向を探り当てる戦略も考えられます。例えばライン上を走査する点刺激を提示しておくと、手はその操作方向を簡単に知覚することができます。それに沿って手を動かすことで、視覚を用いることなく、任意の軌道を追従することができます。

手の平に沿った方向の誘導

手の平に対して垂直な方向の誘導

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